好きなように酒を飲ませる これも治療。

大学病院の内科の新兵医が 夏休みに病棟当番を担当した。
 手術不能末期の胃噴門部癌 60歳 鍛冶屋の親爺さん 座して死を待つのみ。
 「ああ 美味い酒が飲みたい」と姉と妻に哀願。耐えられず新兵に 
 「飲ましてくださいよ センセイ」
無論 入院患者の飲酒は禁止が掟
 「もちろん そんなこと承知しています」
 「飲むとそのまま死ぬかもしれませんよ」
 「死んでもいいから 飲んで死ねたら本人は本望だから ネッ
なんとか飲ませてやってくださいよ センセイ」
 新兵は病棟婦長とちょこっと話してOKをだした。
四人部屋 親爺さんのまわりをカーテンでしきり目隠し。
 「どうぞ」
大喜びで 冷えたビールを一気に飲み干した。
 「ああ うまかったぁ」と一言残して そのまま鬼籍にはいった。
姉と妻は 感謝感謝 感涙 涙涙するのみ。同室の他の三人は うんともすんとも言わず祈るのみ。
 ちょっと前までは 人々が今よりずっとずっと優しかった。
臨床現場では 患者のウソのない意思・希望を積極的にとりいれて治療すべし 特に終末期治療では。
 例えばこの例のように 酒をこよなく愛し「メシより酒」なんて患者には 敢えてうんと飲ませる。毎日心行くまで。
 この「療法」を超える治療はない。