地獄編〜29  この男変身・頑固・変人・奇人⑩

 父は実家に5〜6日間。東京・外務省へ。役所の「残務整理」の為。
 「平壌一年間強」のショック療法 効果覿面。ヒョウロク大変身。内地イナカッペの本質を 二月足らずで見抜いた。無論 母の一言・二言が全てのヒントになった。「うんと痛い目に遭わないと ろくでなしになる」。「ただのグウタラになる」。
 この母の子。この男・変人・奇人になる・・・ことになる。
 汽車に乗る。九州・有明へ。子供に無縁だった遠縁の爺様・婆様夫妻のもとに転がり込んだ。優しかった。抱き込まれた。ほんとに心温かった。母に笑みが戻った。この年偶々コメは大凶作。コメが農家に無い。カライモ(薩摩芋)だけは大豊作。
 「カライモだけは なんぼでもあるけん なんぼくうてもよかっ!」。自分の耳に直接届いた初めての九州弁!こんな音に聞こえた。嬉しかった!ここに「表六」の大変身が始まった。
 毎日三食 常に芋キントン 甘くて美味くて決して飽きることは無かった。それと漬物・味噌汁。
北朝鮮山道・オモニのサツマイモとはまるで別物。甘い!独特のねっとり感!。
 有明の海は果てしなく?潮が退く。アサリ・バカ貝・ワキャ(イソギンチャク)は 潮が引けばいつでも幾らでもとれる。特にワキャの味噌汁は信じられない程美味しかった。婆様は貝掘り・タコ獲りの名人。爺様には不思議な癖があり 正坐してる時は常に右フトモモの上に 右人差指で何やら漢字を書いていた。漢詩のようだった。
 更に幸運が重なった。この年は潮が引いた時 沖の洲にあがればワタリガニが山ほど獲れた。角材に五寸釘を二十センチ位間隔で打ち込みむ。大きな「熊手」になる。洲の砂地をそのクマデでひっ掻いて歩きまわる。カニがコロコロ飛び出す。竹を曲げて作った大きなインスタント・ハサミでこれを拾って これまた大きな盥に放り込む。カニは 蜘蛛と違って マヌケだから互いに鋏み合い絡みあって一塊になり逃げることを知らない。カニが山盛りいっぱいになった盥を引きずって帰る。大きな釜にドサッと放り込み茹で上げる。大小様々のカニを殻ごとバリバリ皆で食いたい放題。これは美味くて言葉にならなかった。みんな無我夢中で食べた。
 今もあの時の有明海の自然の贈り物には いくら感謝しても感謝しきれない。
 ここで不思議なことをひとつ・・・
元・ヒョウロクは・・・
 格別にお世話になった方 御面倒みて戴いた方 御恩を感じた方・・・がお亡くなりになる「瞬間・時」を決して共有したことが無い事である。
 亡母もその例外では無い。
 しかもその御葬式にも何故か自らすすんで出席しようとはしない。墓参もしようとはしない。
折にふれて ひたすら心で祈る・・・これで救われている。