地獄編〜41  この男受験浪人・母の死・ガンコ・変人・奇人(20)

 母はいつも右側臥位。咳き込んで喀痰・喀出時は左側臥位・背臥位・腹臥位・・・転げ廻って苦しむ。「近寄るなっ!!」を連発。助けてくれとは一度も言わなかった。ガンコ・変人はただオロオロするばかり・・・。母から5メートル位離れて胡坐をかき 背中に母の視線を常に感じながら受験勉強に必死だった。
 母は常に待っていた ガンコの気分転換・ひと休みの瞬間を。透かさず蚊のなくようなかぼそい声が飛んできた。
 母との話の中から・・・
① 「腹を切れっ!」の理由・・・謝罪・責任をとれっ!・・・の意。もし子供が「悪かった」と謝ったら即座にうんと褒めてやれっ!!
② 近所の人が「あの子は実の子なのか・・・」と噂した程叱った理由・・・子供は幼少の折に徹底的に躾けなければならぬ。言葉使い・行儀・礼儀作法・食事のとり方・・・!。もし子供をグータラ・デタラメ・アホ・バカ・マヌケ・役立たずにしたかったら簡単。ただひとつ。甘やかせて置けっ!! これで済む!!。犬を飼う。これを自由放任・犬のやりたい放題にしとくとどうなるか。答えは明白。なんか気に食わない 気に障ると 暴れるわ 噛みつくわ まさに狂犬となる。これと全く同じ結果になる。
③ 中学生になって叱らなくなった理由・・・小学四年生迄の間に 将来大人になって困ることが無いように 教え伝えるべき事は全部ミッチリ徹底的に仕込んだ。
④ 賢い子とそうでない子は 目の輝きと一寸した仕種で直ぐ判る。自分は子供の時ろくすっぽ勉強しなかった癖に 自分の子供には勉強せよとワイワイ・ギャーギャー騒ぐのはナンセンス。
⑤ ひょっとするとキリスト教を学ぶのは良いかも知れない。自分はしなかったけれど・・・。
⑥ 母は「神風連の乱」の武士の末裔である。ガンコの祖母(母の母)が当時二歳で生き残ったから。
⑦ 母の父は政治にのめり込み 大地主から井戸塀に転落したこと。後に国会議長を務めた男と二人きりで飲み明かしてた 雨戸を全部開けて・・・ ・・・
⑧ 蚕室の借用「条件」は遂に不明のままになった・・・ ・・・
⑨ ガンコは時々突如猛烈に怒り狂う。周りの人は驚き・呆れる。これ大欠点。「怒りは敵と思えっ!」。
⑩ 教師には絶対なるな。結核家系だから・・・。
 十一月に入って母の様態が悪化。「スイカが食べたい」。当時は入手困難 当惑しきり。今もスイカを見るとぎょっとする。「御寿司が食べたい」。スシなんて贅沢とは全く無縁の貧乏・ガンコ。街に出て行き当たりばったり寿司屋に飛び込んだ。初めての経験。御昼時。客はなし。五人の若い男子店員。勇気を振り絞って事情を話し直立不動で待った。金額記憶なし。逃げるように走り帰宅。母がその寿司を食べたか これも覚え無し。「寿司に対するトラウマ」は今も残っている。
 十二月一日急変。ガンコ往診依頼に行ってる最中に母死亡。息を引き取る現場に立ち会えなかった。享年40。涙は一滴も出なかった。
葬儀も初めて。まさにテンヤワンヤの大騒ぎ。蚕室内はごった返し。何が何だか判らず 何も手につかず あれよあれよと言う間に年の瀬を迎えた。