地獄編〜45  この男医学部・ガンコ・変人・・・奇人となる(24)

 解剖学・組織学・生理学・生化学・薬理学・病理学総論・病理組織学・寄生虫学・細菌学・衛生学・公衆衛生学・法医学が基礎医学講座。必修。例えば
解剖学は人体構造をマクロで観る。組織学は光学顕微鏡下で 例えば筋肉・血管・神経・肝臓・肺臓・卵巣etc etc・・・がどんな姿・形・構造をしてるかを学ぶ・・・難しそうな科目が並ぶ。ところがここでもまたまた矛盾だらけ・・・。
 各科目間に横の連絡が全く無い。銘々勝手に個人商店が並んでる 完全縦割り。特に教授は自分が専ら研究してる分野を得々と喋るのみ。謂わば自慢話の披歴。その科目全体を学生になんとか通覧・習得させんと努力するのは助教授・講師・助手の務め。彼らはドイツ医学から最新のアメリカ型医学へ転換するべく アメリカの教科書にのっとって講義していた。ドイツ語はスペル通りローマ字読みすれば通じるが 英語は発音が難しくそうはいかない。講義ノートを読みながら「セル・ワル」と盛んに言う。何の事かと思いきや「cell wall」の事だった細菌学助教授。フルトンの生理学をベースにして生理学講義をした講師。医学専門学校卒のため教授になれない。日本を捨てた。アメリカで大業績をあげて アメリカで超有名な大物教授になった。
 一口で言うと 折角の基礎医学講義がバラバラで全体として纏まりが無い。 学生には理解しにくく 講義内容が重複したり時間の浪費が目立った。学生はしばしば退屈至極。例えば生化学や薬理学。単位は取得出来ても その全体像が頭に入り難かった。
 現在の医学教育は ガンコの時代とは天と地ほどの変りようで より実際的・実務的になり アメリカ的医学教育に様変わりしつつある。
 昔 医学教育を受けたガンコ・変人としては・・・
 初めて医学の基礎を学ぶ者にとって最も重要な科目は一体何か?重箱の隅は後回しで良い。最初は兎に角 人体全体の構造をマクロ・レベルでしっかり理解する。それは即ち「解剖学」と理解した。一年時は必修で済み。二年時夏休みに 解剖学教授に個人として特別に解剖実習させて戴けるよう申請・許可された。夏休みいっぱい 左側二分の一ライヒェ解剖に挑戦。解剖実習を希望して来てた他の医科大学生と私立歯科大学生に教えることが条件だった。
 三年時は臨床科目履修開始・・・
内科学・外科学・整形外科学・精神医学・小児科学・皮膚科学・泌尿器科学・眼科学・耳鼻咽喉科学・産婦人科学・放射線科学・麻酔科学の受講。
将来 外科特に腹部一般外科(消化器)医を目指したガンコ。この夏 三度目の解剖実習の特別許可を願い出た。再再度 夏休みを全部解剖に投入するわけ。医学生なら解剖実習は一度だけで沢山。殆ど全員そう思う。それ程きつく辛い。当時は 連日猛烈な暑さ・異臭・エアコン無し・クーラー無し・扇風機無し。夏季休暇中 日曜日を除いて毎日・朝から夕方まで換気不良の解剖実習室。昼・外食一時間。
 畏敬する解剖学教授いわく・・・呆れかえられたご様子で・・・
「君は変人を通り越して奇人だねっ!! よしっ わかったっ!一体(御遺体ひとり)やろう!但し条件っ!・・・丁寧にきちんと最後まで完全に解剖すること!!右手をやったから左手は省略・手抜きは絶対許さんっ!!。もひとつ。今年も私立歯科大学生三〜四十人来る。彼らに教えてやること」。
 一人で 一人のライヒェを六十日間で完全解剖!!。正直 一瞬たじろいだ・・・「お願いしますっ!!」。参った。へとへとに疲れはてた・・・やり抜いた。
「奇人」の称号を得た。
 当時は献体希望者が全国何処の医学部でも不足・難儀していた。この大学だけ例外的。解剖学教授の人徳に依っていた。ガンコ・奇人は幸せだった。クラス・メートには 解剖を何回もやるなんて時間の浪費・馬鹿に決まってると嘲笑された。実はこの「体験!!」絶対に書物からは得られない。実感できない。読書・思考はいつでも何処でも出来る。
将来 解剖学者志望では無い普通の医学生が 三年続けて夏季休暇の時間をほぼ全部 系統解剖実習に費やした例は稀有。
 間違いなく 頑固・変人・奇人だった。