地獄編〜51  この男奇人・呆れた!手術の巧拙とは???(30)

 学会出席・・・。例えば地方での消化器外科学会。医局から汽車の切符が手渡され宿泊先も予約済み。
奇人何も知らずに二人ずつ座る指定席に向かう・・・「なんだ また 君か」教授の声。隣の席。毎度の事なのだが奇人常にギョッとする。ビュフェに御誘いすると快諾されるが ビール小瓶一本が精いっぱい。
 駅で医局員。「お早うございます。今日は天気が良いですね」・・・。「天気が良いのは朝から解ってるっ」こんな調子の教授なのだ。
手術中も徹底した寡黙。手術の手順・術者の手の動き等注意深く観察して身に付けよ・・・謂わば典型的な職人気質。助手の顔ぶれを見て気にいると 稀にボソボソっと秘伝・秘策を告げる。
 東京大学卒。定年を待たず退職。公立病院院長・名誉教授。奥様に先立たれ所謂老人の独居生活。御子息は東大出身外科医・アメリカ在住。
 奇人の近くに住む懇意な割烹料理・女将に 教授お住まいの名所旧跡地にある料亭を紹介してもらい 二人だけで談笑。教授いわく・・・
   ① 自分は勉強が好きではなかった。
   ② 講義するのが嫌いだった。
   ③ 後継者をつくらなかったのは失敗だった。
   ④ 日本の医学教育は根本から誤りを犯している・・・「ビール三本飲んだのは初めてだ・・・」。二時間半。
これら四点について述べたのは この日記が初めてである。次は或る学会からの帰途・列車の中で・・・
   ⑤ として置く。
 「君ねぇ 東大で手術が巧いか 下手か・・・何を基準に判断してるか・・・君知ってるかい?」。奇人知る由もない。
 「可笑しいんだよ・・・。縫合不全の頻度が低い。そいつを手術が巧いって言うんだそうだ。ウチジャァ 縫合不全なんて無いよなぁっ!!」。
  「縫合不全」とは?・・・ 例えば胃の三分の二を切除する。残った胃(残胃)と小腸の一部とを上手く縫い合わせ・繋ぎ合わせて 胃の内容物が(食べた物)が無事小腸の中へ流れ込むようにする。ところがこの縫い合わせ・繋ぎ方が不完全(縫合不全)だと食べたものが腹の中(腹腔内)へ飛び散ってしまい重篤な腹膜炎になる。これは極めて厄介な大失敗なのだ。奇人には縫合不全の経験全く無い。
 この話も今回初めての公開である。
 奇人 教授の葬儀に出席しなかった・・・いつもの如く。