地獄編〜52  この男奇人・マドンナと婚約・臨床医学のお勉強と奇人(31)

 Ⅰ・・・リンゴ村から帰宅。マドンナと電話連絡。その日夕刻喫茶店で落ち合う。初めて二人で会い奇人「運命」を直感。即「今後結婚前提のお付き合い」。医師免許取得後結婚を約束。翌朝から同じ電車に乗り合わせ。 片や商社 片や大学付属病院。共に同じ方向 一緒に歩く毎日となった。
 Ⅱ・・・「内科診断学」から何とはなしにズルズルッと臨床医学全般へ。
 医学専門書はいずれも極めて高価。定評ある内科学書全三巻は一万二千円。セシルの内科書[CESIL/Textbook of Medicine USA]の海賊版を偶然千二百円で入手。これを基本に据え 月刊臨床雑誌「内科」(三百円・南江堂)を定期購読。特集のトピックは解らないながらも拾い読み。医師国家試験口頭試問で役立った。論文の書き方も自然に覚えた。他大学の「臨床講義」が毎月一遍掲載され参考になった。講義内容に明らかな間違いを見つけたこともある。
内科1・・初代教授は2週間前から講義内容のシナリオを作成。学生への質問も予め設定されており 疾患の本態を確定するに至る整合性のある思考過程を教授した。我が国レントゲン診断学の草分け・泰斗。講師は元・医専教授で 内科診断学の著書があり丁寧にドイツ語を黒板に書き講義明快。正確な医学ドイツ語は この御二方 組織学教授 病理学教授の講義内容から習得した。
内科2・・助教授・後に公立病院長の中枢神経系疾患に関する講義は簡潔明快。教授は何でもかんでも当時流行りの「ノイローゼ」と診断。臨床に徹していた教授としては「器質的疾患」に結び付かない「心療内科的疾患」に戸惑ってられた?。定年後東京・新宿で開業。渾名が「ノイローゼ・医者」。卒業試験口頭試問は 受験・学生に机上にある「ハリソンの内科教科書」をアットランダムにめくらせる。そのページに書かれている疾患について喋りなさい。奇人はキンメルスチール・ウイルソン症候群(糖尿病)にぶつかった。
外科2・・口頭試問「患者の腹壁が板状硬の時どんな疾患を考えるか」。講義が大嫌いだった教授。
整形外科教授・・リハビリテーション(リハビリ)の概念を初めて教授された。ピンと来なかった。アメリカにどんな資格で留学してたのか?・・・外来看護婦から呼び出し電話。ピーナッツをくれる???・・・ピーナイル(penile・陰茎)の患者が待っていた。
精神科・・患者を診た奇人「何が何だかサッパリ解りません」。教授笑いながら「それが答え」。精神分裂病だった。奇人は精神病に異常に興味を覚え空き時間があると精神科へ走り患者に接した。精神分裂と躁鬱は疾患として理解できた。ノイローゼを含めその他の精神疾患は 漠として「文学の世界」の亜型みたいで奇人には理解出来なかった。
小児科・・泣き喚く患者に閉口。講義は下を向いてペーパーを読むだけの教授。
皮膚科教授・・厚化粧の患者さんに「ご婦人にこんなこと申し上げるのは大変失礼・酷とは存じますがその化粧を全部落として学生に見せて戴けませんか?」。傲慢・横柄な医者や教授が多い中にあって ひとり正論を吐く紳士だった。リール黒皮症だった。「爪白癬」(爪のみずむし)がグリセオフルビンの内服で治る事を臨時の講義で例示された。
泌尿器科教授・・怖かった。「常に病人の立場に立って疑問点を研究せよ」。「研究はアイデアだけで勝負せよ」。「研究費は当てにするな」。口癖だった。臨床教育を徹底重視した。泌尿器科の看護婦はみんな恐ろしかった。
産婦人科・・奇人が驚いたのは・・・ 日常茶飯にみる分娩の機序が尚不詳だったこと。性感帯が神経解剖学的に不明。婦人科外来看護婦特有のつっけんどん・冷たさ・無愛想。産婦人科検診台上に 股を開いて曝け出された女性の外陰部がずらっと五〜六個同時に目に入って来た時・・・あの時の何とも言えぬ薄気味悪さは今も忘れられない。婦人科医にはなるまいと思った瞬間だった。通常分娩の見学は 産道を解剖学的に熟知してる奇人には自然の成り行きとしか見えず 眠かったのだけは妙に覚えてる。
眼科・・助教授の講義は明快。実技は眼底鏡の使い方だけ後日役立った。他の実技は暗室の中ばかりで 何が何だかさっぱり解らずじまい。球後麻酔の仕方は何故か黒板の絵で覚えた。
耳鼻咽喉科・・助教授の講義は理路整然。実技は額帯鏡の使い方だけ覚え 他は見てるだけに過ぎず。
放射線科・・放射線診断学は専ら撮影されたフィルムの読影術。治療学は理解出来なかった。放射線科外来勤務の看護婦は全員不妊症。
      卒業試験問題は「肺結核と肺癌の鑑別診断について記せ」だった。
 Ⅲ 夏休みを毎日 奇人ひとりで三回目の解剖実習させて戴いた(ライヒェ一体・女性)。後日奇人本人も解剖学教室に「献体」申請済み。
   献体ナンバー1700。
 Ⅳ 臨床医として人間全体を診るために・・・①解剖学 ②病理学総論・病態生理学 ③精神科・心の問題に可能な限り精通すべきと心に決めた。
   学生時代 救急医療の重要性に気付かなかったのは何故か?今もわからない。